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 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「さようなら、また会う日まで」の巻  

▼春は別れの季節。
そして出会いの季節です。
人間同士が出会うためのキャパシティが既に決められており、その隙間を作るためには別れるしかないとしたら寂しいものですね。
マァ縁は努力で継続可能としても、記憶はどうでしょう。
脳の容量に詰めるには忘れるしかないとしたら、過去の瑣末な出来事はいつか全てなかったことになるのでしょうか?
まぁ今時はネットの文字だけでも残ってくならマシかな、と寂しがり屋の私は思うのです。
1年間続けてまいりました「月刊ヂスタ」紙面も今回で終わりです。
紙という確かな手触りであなたにお会いするのもこれが最後。一方的なお便りではありましたが、ご愛読ありがとうございました。

▼さて、新年度のオレンヂスタですが、お陰様で今年も初夏と秋に企画が決まっております。
目下、演出プランを練りスタッフさんと会議する毎日です。ホンこそ自分ではないにしろ、在りし日のエンタメヂスタ的な作品になるかと思います。
そして、これが本当に最後のブッ殺ヂスタになるかと思います。
秋は短距離弾道ミサイル×オレンヂスタ×コトリ会議での仙台・新潟・名古屋三都市ツアーが決まっております。
また新しい土地で新しい出会いもあるでしょう。
けれど名古屋で一緒だったアナタのことを忘れたくはないし、忘れられてしまうのも寂しいものです。
「前を向くには後ろを向かないこと」とも申しますが、あわよくば後ろ向きに全速前進したいものです。ブリッジ前進でも可。
上を向いて走りましょう、映画「エクソシスト」のリーガンのごとく。
スタスタスタフォアーッ!(喀血)

……締めの言葉がこれで良いのか甚だ疑問ではありますが、これからもオレンヂスタとニノキノコスターを何卒よろしくお願い申し上げます。


ニノキノコスター
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 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「ど・どしのぎ祭」の巻  

▼日本劇作家協会東海支部プロデュース『ど・どしのぎ祭』をしのいできました。
ゆるーい開会宣言や平塚支部長のゆるーい独唱披露などが詰まったゆるーい開会式に始まり、大御所劇作家たちによるアドリブ劇、劇王全国大会に向けての作品上演など盛りだくさんなイベントです。
わたくしはその中の劇作家大喜利と合作戯曲に参加してきました。

▼大喜利はニコニコ生放送「オレンヂスタのゆるトーク」でもたまにやっているのですが、普段は司会やお題を出す側。
とにかく数打ちゃ当たる方式で攻めましたが、大喜利で大事なのは、いかに思考を発展させるか、いかに新しい切り口を見つけるかです。
安易な発想で二回戦敗退となりました。悔しい。リベンジだ!

▼続いては合作戯曲。
こちらは2人1組のリレー形式で戯曲を書く取り組み。
1人3分で交代し30分間で書き上げなくてはなりません。
テーマとして出されたのは「甘い豆」。そして相手はKIMYOの宮谷くん。
戯曲上で2人が喧嘩しあい、散々たる結果となりました(笑)。
普段はプロットを練り時間を掛けて書いているので、とにかく即興で言葉が出てこない。
基本的にはエチュードと同じだと思うんですけどね、PCに向かうと途端に何かが変わってしまうのでしょう。
日常における発想のストックや、相手の意志をどう組むかの構成力・理解力も必要となる過酷な企画でした。
これも来年リベンジだ!

▼夜は普段お会いできない豪華ゲスト陣と飲み会。
アノ人やコノ人に芝居の話をして頂き、いやぁ、勉強になりました。
こんな楽しい企画をやっているのは日本劇作家協会東海支部だけ!支部員募集中!団員も募集中!


ニノキノコスター

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「差別なき表現」の巻  

▼ミソゲキも終え泥酔しながら新年を迎え、
自身は「劇作力の強化」を目標の大きな軸に据えることにしました。

▼最近興味があるのは「ポリティカルコレクトネス(以下PC)」です。
日本では「政治的正しさ」と訳されますが、自分は「差別なき表現」のがシックリきます。
映画「ベイマックス」で「欧米のアジア差視が無い日本観を描いた」と話題になりました。
その際は日本のエンタメ業界(アニメ・映画・ドラマ)が如何にPCの本質を捉えていないか、という話になりましたが、さて劇作はどうなのでしょう。

▼周囲「だけ」を見渡せばPCを全く考慮していない作品が少なくないように感じます。
テーマとして職業・人種・宗教・障がいにまで踏み込む作品は多くないので、特に性差においてマイノリティを「笑い」にする作品が横行しているな、と。
昔から差別について考察することが自身の人生のテーマでもあったので、適切な理解をした上で揶揄する、笑いに昇華する作品がもっと増えればと思っています。
その為には知る・学ぶことが必要なのですが、自身もまだまだ勉強中の身ゆえコレとは言えない状況です。

▼かつて「あなたの作品で傷付く人がいるという事実を認識していますか?」と問われたことがあります。
その時は分かりませんでしたが今はあらゆる作品においてその可能性はあると思っています。
エンタメだろうが会話劇だろうか何でもです。
劇作家としてまず最低限考慮すべきこと、深く向き合うべきこと、ちゃんと見極めていきたいですね。
日本の現代社会においてどのような意義があるのか、世界に対しどのような提議が出来るのか、劇作も演出も勉強することだらけで一生掛けても終えられる気がしません。

つまりは一生退屈せずに済むということです。
ああ、楽しい。かしこ。


ニノキノコスター

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「ミソゲキ」の巻  


年末です。ミソゲキです。
オレンヂスタとしては2年振り4回目の登板です。

ミソゲキは複数団体が上演するショーケースイベントで「上演時間20分以内+転換5分以内」が基本事項です。
今まではワンシチュエーション会話劇を上演してきました。
ルームシェアしているリビング、地元の神社、煉獄にある居酒屋。
最後のは、ちょっとおかしいですが。

今回は、ワンシチュエーションに複数要素を混ぜ込む構成に挑戦しています。
これは今まで長編作品の後半に組み込んでいた仕掛けで、それを短編でやっちまおうという作戦です。
しかしこの手法、事前に構成を組んでも無数の掛け算の前に、直ぐ破綻します。ひたすら書いては消してを繰り返す羽目になるのです。
まあ容易に見返せるのが短編の長所ですが、今も書いては消してを繰り返しています。(しんどいです。)

演出は第六回公演『白黒つかない』を踏まえ、見えない物の可視化に取り組む事になりそうです
(まだ絶賛稽古中なので何とも言えませんが)。
何かが始める時は何か終わる時であり、何か終わる時は新しい何かが始まる時です。
絶えず、川の流れのごとく人生は変化し、我々は選択し続けねばなりません。
その刹那を切り取り、狭いドメスティックな部屋から広大な別次元を描けたらと思っています。
まあ簡単に言うと「宇宙に比べたら悩みなんてちぃぽけ☆」てなことです。

ミソゲキ2014 C組1団体目 オレンヂスタ 短編劇場『ベッドサイドのヴァリアシオン』、是非お楽しみ下さい。

そして短編作品は遠征するには丁度良いサイズ。
全国の制作者の皆さーん!名古屋の若手は、短編の持ちネタ4・5本ありまっせー!
短編フェス、やりませんかー!



 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「近況報告」の巻  

この度、劇作家協会に入会し晴れて東海支部員となりました。
と同時に、2015年に横浜で行われる『劇王』天下統一大会の東海予選である『劇本』に参戦してきました。
劇作家本人が朗読するこの会、8月末にクラブロックンロールで行われた「新栄トワイライト」にて上演した『人間失格』をアレンジしたものを出しましたが、思った以上にお客様から反応が頂け嬉しかったです。ありがとうございました。
残念ながら予選敗退となりましたが、司会の刈馬さん・渡山さんを始めとした様々な劇作家さんから参考になるご意見を賜りました。
同志が集う場で専門的見地からの話が聞ける、これが支部の何よりもメリットだなあと思います。

支部員募集中!

▼本公演を終え劇作としても演出としても新たな課題も見えてきました。
全てにおいて「確信」「必然」の二言に集約できるかなと。必然がある言葉選びをしているか、必然がある構成なのか、確信をもった演出プランなのか。
こういうと単純ですが、やれてりゃミンナ右大臣様々ですよ!まだまだ道程は険しい。

新たな一歩としてミソゲキがあるのですが、今回は初オレンヂスタの客演さんもいるので週1回ワークショップ形式で稽古を始めています。
家でやれる効果的な柔軟方法から気軽に身体を動かす楽しみまで、戯曲解釈/身体の2パートに分けてメソッドを確立させていこうと思います。

団員募集中!

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「演出ノート」の巻 

文字に真実など存在しない。

あくまで受け手の解釈のみ存在し、どこにも宇宙の真理的な、絶対的な物など無い。
「公」の場でありながら「私」の言葉が垂れ流されるSNSは特にそうだ。
言葉、特に文字、では人間はいくらでも嘘を吐ける。しかし身体はそうもいかない。
呼吸一つ、目線一つ、無意識が全て表出する。
「公」の場、例えばオフィスで隠し切れない「私」が表出した時、
ヒトの背景や関係性が見え、人間の匂いが立ち昇る。

戯曲という楽譜、書き言葉、はどうだろうか。かつては「公」や「国」を見据えた言葉であったはずだが、そこから変化し、我々の世代は一体どのような言葉を紡いでいる、紡げているのだろうか?

津あけぼの座で横山拓也さん(iaku)に師事し書いた戯曲は、ごくごく「私」的な言葉の連なりである。
そこに小さな会社の中の「公」を持ち込む、ムラ社会的な、小さな、せせこましい戯曲だ。

そんな狭いパーソナルスペースに、資本主義における「公」であるオフィス言葉と身体、「私」の言葉と身体を掛けわせていくことでオレンヂスタ第六回公演『白黒つかない』は成立している。

都市的な言葉と相反した人間の根源的な身体に立ち返ることで、如何に現代の都市構造が動物として歪であるかを問いかけてみようと思う。

と難しそうな割に中身のないことを書きましたが、単純にドラマを楽しんで頂ければと思います。


ニノキノコスター

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「演出について」の巻 

「劇作と演出を切り分ける」とはよく聞くが、果たしてどれだけの人が意識的にできているものなのだろうか。

先日、利賀演劇人コンクールとその講評会に行ってきた。
課題戯曲(主に古典)を野外や合掌造りの家屋で演出するコンクールだ。
私が観たのは20代後半の、普段は自団体で作演をやっている人の作品が多かったが、
「最終結果である表現手法ばかりにこだわり、本質である戯曲理解・分析が全く出来ていない」と評されていた。
ただ、他人と異なる独自の表現を模索したり、完成度自体が高かった作品にはそれぞれ奨励賞が出たようだ。
他人の戯曲はおろか自分の戯曲ですら何じゃコリャとなる私としては、世の演出家たちに敬意を払わざるをえない。

今回、オレンヂスタ第六回公演『白黒つかない』は、初めて演出家として一歩踏み出した作品となると思う。
「身体口語会話劇」と銘打ち、戯曲の発語とサブテキストである身体言語を舞台上で共存させることでディスコミュニケーションを描けないか、模索している真っ最中だ。

昨年から様々な経験をさせて頂き、新しい表現方法を共に模索できるようになったメンバー達がひたすら心強い。
作品がどのような最終形になるかはまだ分からないが、ひとまず演出家の最初の仕事、キャスティングは成功したようだ。

あとは作家の改稿を待つだけである。チーン。


ニノキノコスター

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「劇作について」の巻 

私が初めて「台本」を書いたのは小学校五年生の時でした。
キャンプファイヤーの出し物で、演劇をやろうと。今では何故そうなったか覚えていません。
が、担任にヒアリングして、兼子岩男の一生を描いた物語を書いて、演出した覚えがあります。

そして学生劇団の最後の時に、筆を取ったのがイマの始まりです。
ずっと俳優を続けていた私にとって「イマ/ワタシ」の形が既成の台本に見出だせなかった、それだけで書き始めました。
健常者の兄が知的障害者の妹を括り殺す、ただそれだけのホンです。

やはり活字を読むのは未だに好きではありません。
観るのは好きなんですが。昔は逆だったんですがね。

知れば知るほど、劇作とは文学なのだと思います。
でも別に誰にだって書けるんです。劇作としての新しさを捨て置けば。
そしてそのホンノチョットノギジュツ、それを津あけぼの座戯曲講座で横山さんに教わったり、北村想さんの本で教わりました。何も難しいことはないんです。
ただ未だ誰も描いてない切り口を見つける、それが発明家のごとく難しいことなのです。

コピーライターって職業の人は大小問わずそれを日夜やってるんだから、たまげたものです。
オレンヂスタ『白黒つかない』は、そんなコピーライターの物語。


ニノキノコスター

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「大阪滞在記 その②」 の巻 

大阪の劇団「万博設計」の『幽霊’』演出助手も残すところ本番まで三週間、佳境を迎えております。
稽古予定組んだりスタッフさんに情報共有したり小道具まとめたり裏の動線考えたり、
結局はオレンヂスタの演出助手と変わんないけどそれでもヒィヒィ楽しく過ごしています。

滞在中に、ミジンコターボ、かのうとおっさん、ニットキャップシアター、百景社、ウミ下着、男肉du Soleil、コトリ会議、匿名劇団を観てきました。
年代もジャンルもバラバラですが、刺激になったのは確実です。
観たこと無いものが観たい、それがどんな切り口であれ。

それを還元すべくオレンヂスタ『白黒つかない』も絶賛改稿中です。
マジで?次回は今までとは全く違う演出方法になると思います。
マジで?ホント演出は奥深い。

稽古場で面白いのは、想定しない発想を返してくる俳優さんの多さですね。
戯曲に基づいた上で練り込み、コチラが考えてもない返しがあると演出部としては堪りません。
やはり観たこと無いものが観たい、それがどんな切り口であれ。

お客様もそうですが、第一の観客である演出もそうなのでしょう。
身体を鍛える、声を磨く、思考を柔らかくする、その上で新しい境地に行く案内人は演出とは限らないのです。
俳優だって別にいい。

ヤワラカイアタマで作られた万華鏡に浮かぶ星屑の煌きのような万博設計『幽霊’』是非ご覧下さい。

 ニノキノコスターのこの物語はフィクションです!! - 「大阪滞在記 その①」 の巻 

現在「万博設計」という大阪の劇団の公演に演出助手として参加しています。
30代が主な団体なのですが、稽古場は大変粛々としています。共通ワークもしません。
社会人だろうとフリーターだろうと、各自家で鍛錬してくるのが当たり前だから。
私が「名古屋の化物俳優」だと思っている、真臼ねづみちゃんや放電家族の天野順一朗さんがゴロッゴロいる、それが関西小劇場です。
ヒィ怖い!

京都は演出の街で大阪は劇作の街と勝手に思っているのですが、私は断然大阪派です。
南河内万歳一座みたいに、人間が泥臭く必死に足掻く姿が好きだから。
大阪の劇作には結構どこも死の匂いが纏います。
生にシビアなのは幼少から血を意識せざるを得ない土地柄だからでしょうか。
まぁ嫌でも劇作には今までの人生の全てが滲み出ますもんね。

結局の所、演劇という物は劇作と演出と俳優と全てギリギリの均衡の中で組み上げられる物であり、
表出させ届けるのが俳優にしか出来ない重要な役割と思うのですが、
劇作が五感と経験を紙に叩きつける以上、俳優も生き様を総動員しないと太刀打ちできるはずがないので、
若い方には是非人生を謳歌して欲しいと思っています。

そして良かったら「万博設計」の化物俳優たちを観に来て下さい(結局宣伝かよ!)

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